2012年11月,2012年11月,宮崎県移住物語" /> 2012年11月 (2012年11月) | 宮崎県移住物語

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ランキングに参加し始めました!
旅行・地域ランキング

伊東マンショの幼名が法華嶽薬師寺の天井板に

伊東マンショは、永禄12年(1569年)頃、日向国都於郡(今の宮崎県西都市)にて、伊東祐青と母である伊東義祐の娘(通称「町の上」)の間に生まれました。

マンショは洗礼名、本名は祐益。

幼名は、【虎千代麿】。


伊東マンショは、安土桃山時代から江戸時代初期のキリシタンです。

天正遣欧少年使節の主席正使として、ヨーロッパに渡りました。

イエズス会員でカトリック教会の司祭として42歳で生涯を閉じました。




今年は天正遣欧少年使節・伊東マンショの没後400年ということで、マンショの幼名が刻まれている【法華嶽薬師寺】に行ってきました。

法華嶽薬師寺

法華嶽薬師寺

法華嶽薬師寺

法華嶽薬師寺

法華嶽薬師寺 伊東マンショ

法華嶽薬師寺 伊東マンショ

法華嶽薬師寺 伊東マンショ

法華嶽薬師寺 伊東マンショ

宮崎で伊東マンショを研究されている方が、「天井裏の板の墨は、相当薄くなっていたのがとても残念だ。」とのことでした。


伊東マンショは、活版印刷を日本に初めて持ち込んだと言われています。

歴史は奥が深いですね。




スポンサーサイト
関連記事
ランキングに参加し始めました!
旅行・地域ランキング
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。